第10回|借金を怖がる人ほど、なぜ経営の沼から出られないのか

借金を悪と捉えて返済だけに意識が向き停滞する経営と、借金を未来の売上の前借りと考え回収設計によって時間と成長を買う経営の違いを対比したイメージ。借金の本質は返済ではなく回収であることを示している。

前回は「努力の方向」の話を書いた。
努力の量ではない。気合でも根性でもない。方向と道具の話だ。

今回は、その続きとして、もう一段、経営の現実に踏み込む。
テーマは借金である。

農業に限らず、借金という言葉には拒否反応が出やすい。
しかし私は、借金を「善悪」で語るものではなく、時間と売上を先取りするための経営手段だと捉えている。


目次

■ 借金は帳簿上の負債。でも経営上は“未来の売上の前借り”

借金は、会計上は間違いなく負債だ。ここは事実として動かない。
ただ、経営の視点に立つと意味が変わる。

借金は未来の売上の前借りであり、言い換えれば「売上が立つ前に、必要な資源を先に投入する権利」だ。
時間をお金で買う行為でもある。

だから借金は、怖いかどうかではなく、回収の設計があるかどうかで判断すべきだと思っている。


■ 「いくら借りた」は武勇伝ではない。価値があるのは“信用”だ

「いくら借りた」と、どこか誇らしげに語る人がいる。
それを“すごい”と言いたくなる気持ちも分かる。

ただ、尊敬すべきポイントがあるとすれば、金額そのものではない。
それだけの資金を任せてもらえる信用を積み上げてきたことだ。

逆に、借金が大きいという事実だけが切り取られて、
「借金大王」みたいな悪い意味の噂が流れることもある。

けれど、借金は人格評価ではない。
良いか悪いかを分けるのは、使い道と回収の設計だ。

自慢げに語る必要はない。
一方で、怖がりすぎて選択肢を捨てるのも違う。
借金は“金額”ではなく、“信用”と“設計”として見た方がいい。


■ だから「生活を回すための借金」は健全ではない

ここが分かれ目になる。

借金の中で一番危険なのは、“今を回すため”の借金だ。

  • 生活費の穴埋め
  • 赤字の補填
  • 苦しさの先延ばし

これは未来の売上を前借りしていない。
単に“明日の自分”にツケを回しているだけだ。

一方で、

  • 生産性を上げる
  • 作業を省力化する
  • 仕組みを変える
  • 余白(考える時間)を作る

こういう借金は、未来の売上を先取りしている。
同じ借金でも、意味はまったく違う。


■ 借金の本質は「返済」ではなく「回収」

借金を語ると、すぐ「返せるかどうか」の話になる。
もちろん返済できなければ終わりだ。

しかし、経営判断として本当に見るべきはそこではない。

見るべきは、回収できる構造になっているかだ。

  • どの作業が短縮されるのか
  • 何時間が浮くのか
  • その時間を何に振り向けるのか
  • 粗利がどれだけ増えるのか
  • 何年で回収するのか

ここを数字で置けるなら、借金は「怖いもの」ではなくなる。


■ 投資と浪費の境界線は“高い/安い”ではない

ここで多くの人が混乱する。

「高い機械は浪費」
「安い買い物は正義」

そうではない。
投資と浪費の境界線は価格ではなく、回収設計の有無だ。


■ 「余裕のあるスペック」と「過剰投資」は別物

少し余裕のあるスペックを持つこと自体は、健全な場合がある。
将来の作付・労働力・販路の伸びを見込んだとき、買い替えコストや機会損失を減らせるからだ。

ただし、それは前提がある。

  • その余裕が“近い将来”に使われる見込みがある
  • 余裕分も含めて回収できる設計がある
  • 使わない期間も耐えられるキャッシュ計画がある

この条件がないのに、
「いつか使うかもしれない」だけで背伸びするのは、単なる過剰投資になる。

過剰投資とは、要するにこういうことだ。

“回収の根拠が薄いまま、固定費と返済負担だけを増やす行為”

これは投資ではなく、浪費に近い。


■ 借金を怖がる人ほど、選択肢が狭くなる

借金を極端に怖がると、経営はこうなる。

  • 小さな改善しかできない
  • 本質に手を付けられない
  • 判断が遅れる
  • 仕組みが変わらない
  • 結果、永遠に忙しい

これは気合の問題ではない。
資本装備が足りない状態で戦っているだけだ。


■ まとめ:借金が怖いのではなく、「設計なし」が怖い

借金は負債だ。
でも経営上は、未来の売上を先取りする手段でもある。

怖いのは借金ではない。
回収設計なしで借りること、そして
過剰投資で固定費だけを増やすことだ。

逆に言えば、回収の根拠があり、数字で説明できるなら、借金は武器になる。
経営は、善悪ではなく、設計で決まる。

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