何度でも、の前に。再起不能になる前の判断基準
ドリカムに「何度でも」という歌がある。
あれは好き。名曲。嘘じゃないと思っている。
農業も、まさにそうだ。
次、あと一回でうまくいくかもしれない。
最後の一手で流れが変わることは、実際にある。
だから私は、簡単にはやめない。
ただし、ここが重要で、
何度でもを無条件に信じるほど、楽観的でもない。
■ 問題は失敗じゃない。再起不能かどうかだ
農業において、失敗は避けられない。
それ自体は問題じゃない。
本当に怖いのは、
再起不能な泥沼に落ちることだ。
- 資金が尽きる
- 体が壊れる
- 信用を失う
- 家庭が回らなくなる
ここまで行くと、
成功するとかしないとか以前の話になる。
だから私が一番気にしているのは、
「失敗するかどうか」じゃない。
失敗しても、次に打てるかどうかだ。
■ 判断基準は「残りHP」と「引き出し」
続けるかどうかの判断基準は、かなりシンプルだ。
自分の引き出しやアイデアが残っているうちは、やる。
ここで言う引き出しは、気合や根性じゃない。
- 次に試したい具体策がある
- 改善案が言語化できている
- 誰かに聞けば突破できそうな余地がある
- やり方を変える選択肢が見えている
こういう「次の一手」が残っている状態だ。
一方で、
万策尽きている状態というのは、だいたい分かる。
- 次の一手が「気合」「根性」しかない
- 同じ失敗を形だけ変えて繰り返している
- 判断が遅れ、先延ばしが増える
- 管理が雑になり、触るのが憂うつになる
- 相談しても、何を聞けばいいか分からない
この状態で時間を使うのは、正直もったいない。
■ 行動心理学的に一番危ない状態
行動心理学で見ると、
一番危ないのはこの状態だ。
- 次はうまくいく“気がする”
- ここまで来たから引けない
- やめたら負けな気がする
これは、
サンクコスト効果、正常性バイアス、楽観バイアスが
一気に重なっている状態。
「何度でも」という言葉が、
希望ではなく呪いに変わる瞬間でもある。
だから私は、
希望だけで続ける判断はしない。
■ 戦略の話をすると、これは撤退じゃない
この判断は、撤退ではない。
継戦のための判断だ。
戦略の世界では、
- 勝てるかどうかより
- 戦い続けられるかどうか
の方が重要だ。
残りHPがある。
引き出しも残っている。
この条件が揃っているなら、
「あと一回」を信じる価値はある。
逆に、
HPが削れきり、引き出しも空なのに続けるのは、
戦略でも努力でもない。
■ 得意な方に時間を使うのは逃げじゃない
苦手なことに張り付いて、
- いつか慣れる
- そのうち何とかなる
と考えるのは、農業ではコスパが悪い。
得意な方に時間を使えば、
- 判断が早い
- 精度が上がる
- 作業が軽い
- 結果が出やすい
そして余った時間と体力で、
必要な部分だけ補えばいい。
これは逃げじゃない。
合理的な資源配分だ。
■ まとめ
「何度でも」は、確かに真理だ。
でも、それを信じていい条件がある。
- 残りHPがあること
- 引き出し(次の一手)が残っていること
- 再起不能ラインを越えていないこと
この条件が揃っているなら、
あと一回を信じていい。
万策尽きた状態で使う時間は、
得意な方に回した方が得だ。
失敗しないためじゃない。
次も戦える自分でいるための判断。
それが、私の基準だ。

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