第5回|野菜は“扱い方”で別物になる──畑より大切な、食卓に届くまでの話

手のひらに大切にのせられた野菜のイメージ。野菜は扱い方で味や価値が変わるというテーマを表現した写真。

野菜の美味しさは畑だけで決まりません。収穫したあとの“扱い方”で、味も価値も大きく変わります。触り方、温度、並べ方、運ばれ方、そして食卓までの想像力。コロン’sファームが大切にしている「届け方」の哲学をまとめました。

野菜は『扱い方』で別物になる──
畑より大事な、食卓に届くまでの話

野菜の美味しさは畑で決まる──
そう思われがちだけれど、実際は違う。

畑で育つのは「素材」であって、
本当の美味しさは、畑から手を離れたあとに決まることが多い。

それは、農業を始めてから気づいた
ちょっと残酷な真実でもある。

目次

■ 収穫のタイミングは1時間違うだけで味が変わる

たとえば夏野菜。

朝5時に採ったものと、
昼の太陽を浴びて呼吸し続けたものは、
同じ畑・同じ株でも別物になる。

野菜は生きている。
収穫した瞬間から、刻一刻と味が逃げていく。

野菜は切り身の魚以上に繊細なのに、
そのことを知らずに流通へ乗っていくのが当たり前になっている。

■ 触り方ひとつで、野菜は傷む

雑にカゴへ投げ込む。
箱に詰めるときにギュッと押す。
搬送中の振動で実が擦れる。

ほんの少しの衝撃でも、
細胞が壊れ、呼吸が乱れ、水分が抜け、味が変わっていく。

見た目より中身というけれど、
雑に扱われた野菜は、中身から崩れていく。

これは意外と知られていないけれど、
農家なら誰でも痛いほど知っている。

■ スーパーや産直で見る「扱い」が胸に刺さる理由

私は市場調査も兼ねて、
かなりマメにスーパーや産直を見ているほうだと思う。

時々、こんな光景に出くわす。

商品を投げるように棚へ並べたり、
米袋をドンと音を立てて置いたり。

農家自身が産直で投げるように並べていることすらある。

理由はわかる。

● 時間がない
● 量が多い
● 売れればいい
● 「商品」だから
● 食卓の先を想像していない

でも農業を始めてから、どうしても胸に刺さる。

もし、
自分の家族が笑顔で食べている野菜が、
知らないところで雑に扱われていたとしたら──。

笑顔で食べていても、
その裏でそんな扱いをされていたのだと思うと、
「知らぬが仏」ではあるけれど、
その行為だけはどうしても許せない。

農家にとって収量も単価も大切だ。
もちろん私もそこから逃げてはいない。

でもだからこそ、
“先の先”にいる食べる人のことまで想像したい。

その想像力が、扱い方に必ず現れるから。

■ 温度が1回でも上がると、味が崩れる野菜がある

葉物は日向に1時間置いただけで別物。
とうもろこしは収穫した瞬間から糖度が落ちていく。

だから氷水に入れる。
だから日陰に置く。
だから温度を上げない。

これは丁寧・不丁寧の話ではなく、
“美味しさの構造を理解しているかどうか” の話。

そして、その構造を理解している農家は意外と少ない。

■ 切り方・保存の仕方で野菜の味は変わる

飲食を20年やっていたからこそ分かる。

・水につけると復活する野菜
・逆に水で風味が死ぬ野菜
・切る面積で苦味が変わるもの
・皮を残すかどうかで香りと食感が変わるもの
・冷蔵で死ぬ野菜
・常温で死ぬ野菜

畑で味が決まるのは半分だけ。
残り半分は“扱い方”。

だから、扱いを間違えると
畑での努力は簡単に消えてしまう。

■ うまい棒とダイヤの指輪が教えてくれた「扱い方の価値」

昔、ある本で読んだ話が忘れられない。
今もスタッフに話しているくらい、大切にしている話。

10円のうまい棒。
棚に普通に並んでいれば、当然10円。

でももし、
宝石店のガラスケースに入っていて、
白い手袋の店員がそっと差し出したら——
人は“100円でもいい”と思ってしまう。

これは値付けのテクニックの話として語られることが多いが、
私は少し違う解釈をしている。

「ここまで大切に扱ってくれているものなんだ」
という“気持ちの価値”の話だと。

■ 野菜を高く売りたいんじゃない

私は値上げをしたいわけじゃない。

むしろ、
100円で売っている野菜が、
「200円の価値がある」と感じてもらえたら最高だと思っている。

100円で200円のものを買えたという喜びと、
この野菜は大切に扱われているんだという安心。

その両方が生まれるから。

■ 扱いが雑になれば、価値は一瞬で崩れる

ダイヤの指輪が
ジュエリーケースにも入らず、
ワゴンに山積みにされて
「エンゲージリング大特価!」と売られていたらどうだろう。

買う瞬間は嬉しいかもしれない。

でも、大切な人に渡すとき——
喜ばれれば喜ばれるほど、胸が痛むんじゃないだろうか。

扱いの雑さは、そのまま価値の雑さになる。

野菜も同じ。

だから扱い方は価格のためではなく、
食べる人への敬意のためにある。

■ 野菜は主役じゃない。でも、脇役が整うと食卓は美味しくなる

野菜は料理の主役じゃない。
でも主役を活かす“舞台”にはなる。

その舞台が崩れていれば、
食卓の空気は整わない。

野菜の味を決めるのは農法だけじゃなく、
扱い方・届け方・誠実さ。

だから私は今日も、
畑で収穫した瞬間から
食卓までの道のりすべてを丁寧に積み重ねている。

それが、コロン’sファームの考える
野菜の役割。「美味しい」の本当の意味。

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