「美味しさの中心は“空気”にある──野菜が担うたったひとつの役割」
美味しさは、舌だけで判断されるものではありません。
誰と、どんな空気の中で食べているか——。
飲食業界で20年過ごし、今は農業に向き合う中で見えてきた
「美味しさの本質」と、野菜が担う“静かな役割”についてまとめました。
■ 飲食20年が教えてくれた食の真実
私は飲食の現場に20年近くいて、
経営者として店を守りながら、料理人として味を追い続けてきた。
技術も知識も必要だったけれど、
一番難しかったのは
「料理の正解はどこにあるのか?」
という問いだった。
最高級の店に行っても感動しない日があり、
ファストフードで涙が出るほど美味しい日もある。
その理由をずっと探してきた。
そこから見えたのは、
「美味しさは料理そのものでは決まらない」
という事実だった。
■1. 美味しいかどうかの7割以上は、食卓の空気で決まる
食べ物の美味しさは、舌だけで判断されていない。
● 誰と食べるか
● そのときの気持ち
● テーブルに流れる空気
● 相手への思いやり
● 料理してくれた人の気配
これらが料理の味に直接影響する。
嫌な気持ちで食べれば、
どれだけ有名シェフの料理でも味がしない。
逆に、気の合う人と食べれば、
コンビニのおにぎりが一番うまくなる日もある。
美味しさは「味覚」ではなく「空気」で決まる。
これは飲食業の20年でつかんだ、揺るぎない真実。
■2. どれだけ手間のかかった料理でも、気持ちに負けることがある
無化調であろうが、
有名料理人であろうが、
高価な食材を使おうが──
それが美味しさを決定するとは限らない。
素朴でも、代わり映えしなくても、
大切な人が「あなたのために」作ってくれた料理は、
どんな名店にも勝つことがある。
そこには
思いやり・優しさ・リスペクト
が詰まっている。
料理人として多くの皿を見てきて、
これほど強い味付けは他にないと思った。
誰かのためにという気持ちは、味を上書きする。
これが料理の世界で得た最大の学びだった。
■3. この美味しさの本質は、そのまま野菜にも当てはまる
野菜は脇役だ。
料理の主役ではない。
でも、
食卓の空気を壊すことも、支えることもできる。
例えば——
● 料理の調和がとれるか
● 子どもが食べられるかどうか
● 食卓の会話が明るくなるか
● 気持ちの良い食後感が続くか
野菜には劇的な力はないけれど、
食卓の“ベース”を整える役割がある。
美味しさの中心は空気にある。
でも、その空気をつくる土台には、
確かに“食材の誠実さ”が関わっている。
■4. だから野菜は完璧な脇役であればいい
野菜ができることは大きくない。
● 鮮度を守る
● ごまかさない
● 誠実に育てる
● 季節に正直である
● 過度な演出をしない
ただそれだけ。
でも、この「ただそれだけ」が
食卓の美味しさを支える大きな土台になる。
野菜は主役じゃない。
でも、主役の料理が輝くための“背景”を整えられる。
それが農家としての役割だと思っている。
■5. 美味しいは農家が決めるものじゃない
食卓で誰と食べるか。
どんな空気が流れているか。
そこには農家は手を出せない。
だからこそ、
野菜にできる唯一のことは、
食卓の邪魔をしない誠実さを守ること。
この誠実さは派手でもないし、目立つものでもない。
でも、料理の美味しさを支える“静かな力”になる。
食卓の空気を良くすることはできなくても、
悪くしない野菜は作れる。
それが、コロン’sファームの野菜の役割。
■6. 結局、美味しさは人と空気がつくる。
野菜は、その土台。
料理人としての20年と、農家としての今。
その両方から見える答えはひとつだった。
美味しさを決めるのは、
食卓にいる“人”と、そこに流れる空気。
そして野菜は、
その空気が心地よく流れるための
静かな舞台づくりを担当している。
「今日これ、美味しいね」
「この野菜なら子どもが食べる」
「なんか嬉しい味やね」
そんな言葉がこぼれる瞬間に、
野菜はそっと寄り添っているだけでいい。
料理も、野菜も、
美味しさの主役はいつだって人間だ。
だから私は今日も、
食卓の空気を邪魔しない脇役としての野菜を育てている。
それが、コロン’sファームの考える
「美味しい」の本当の意味。
