第2回|無農薬は本当に美味しいのか?──現場で気づいた“違和感”と真実

「無農薬だから高いは本当か?農法と品質のズレを考える」という記事タイトルを示すシンプルなテキストデザインの画像

「無農薬だから高い」

この言葉自体は理解できるし、その背景にある努力や大変さもよく分かる。
しかし、現場で野菜と向き合ってきた身として、どうしても噛み合わない感覚が残り続けている。

無農薬は誇るべき努力であり、否定する理由はどこにもない。
それでも、“値段の理由”として語られたとき、そこに違和感が生まれる。

今日は、その理由を静かに整理してみたい。

目次

■ 1. 「無農薬=手間=価値」という単純化への疑問

無農薬で育てることは本当に大変だ。
気候、虫害、病害、雑草——すべてがストレートに跳ね返ってくる。

その大変さを知っているからこそ、無農薬と聞けば「すごい」と素直に思う。

しかし、手間は“作り手の事情”であって、食卓に届いたときの価値とは別である。
大切なのは、味、香り、鮮度、食感、子どもが食べられるかどうか。

価値は結果で決まる。
手間の多さは、その補足説明にすぎない。

■ 2. 無農薬は“思想”であって、“品質”とは別の話

無農薬、有機、慣行。
農法はすべて「育て方の方針」であって、味や品質そのものを保証するものではない。

品質を決めるのは、

・生育環境
・収穫のタイミング
・鮮度
・条件に合わせた管理
・作り手の判断力

こうした“現場の積み重ね”。
農法の違いは背景説明であって、価値そのものではない。

■ 3. 無農薬の大変さへの敬意と、私の立ち位置

無農薬で野菜を育てている農家の野菜を目の前に差し出されると、私は本心から「すごい」と思う。
その理由は、手間の大きさを知っているからだ。

病気にも虫にも晒され、天候の影響もダイレクトに受ける。
管理の手間も膨大になる。

その苦労を考えれば、価格に反映されるのは当然で、それを批判する理由はない。

ただ一方で、私はその方法では農業をしない。
理由は単純で、私が大切にしたい価値基準が別にあるからだ。

無農薬農家を否定するのではなく、尊重したうえで自分の選択肢を選んでいるだけである。

■ 4. 無農薬でも“美味しくない野菜”は存在する

無農薬=美味しい、ではない。

無農薬でも味が乗らないことは普通にあるし、逆に最小限の科学の力を借りた方が安定して美味しい場合もある。

自然は優しいだけではない。
本当に厳しい一面も持っている。

■ 5. 「説明」と「現場の状況」が噛み合わない例もある

無農薬と自然農法は本来まったく別物だが、現場では混同されることが多い。

以前、観光型の収穫体験に行ったことがあった。

「無農薬で育てています」と説明を受け、最初は純粋にその努力に敬意を感じた。

だが圃場に入ると、いくつかの違和感があった。

・収穫間近なのに虫がほとんどいない
・葉が異様にきれいな状態
・圃場全体に雑草がほとんどない
・鶏糞多用の説明と生育状態のバランスが合わない

誰かを疑うつもりはない。
ただ、経験者の目で見ると説明と現場の状況に不整合があるように見えた。

何より印象に残ったのは、期待していた味とは大きく異なっていたこと。

“無農薬”という言葉が先行してしまい、本来見るべき「味・鮮度・育ち方」の評価が曇る危うさを感じた。

■ 6. 農法を理由に価格を上げることの難しさ

無農薬だから高い——それは間違いではない。
しかし、本来価格を決めるべき基準は、農法ではなく“結果”であるべきだと思っている。

美味しいか
また買いたいと思うか
食卓で笑顔が生まれるか

これらが満たされて初めて、価格は意味を持つ。

■ 7. 自然由来のリスクと、管理の難しさ

無農薬は“安心”というイメージが強いが、自然由来のリスクが消えるわけではない。

・カビ毒
・雑菌
・病害の残り香
・生育不良による味の劣化

これらは農法に関係なく発生する。
むしろ無農薬こそ、管理の難しさとリスクは大きくなる。

■ 8. 結局、価値を決めるのは「美味しいかどうか」

無農薬は説明。
品質が価値。

「美味しいからこの値段です」
これが本来の自然な形だと思っている。

■ 9. 最後に行き着く答えは “鮮度”

どんな農法でも、鮮度が落ちた瞬間に野菜の価値は大きく下がる。

同じ売り場で、無農薬の野菜だけが売れ残ってしんなりしていく光景を、私は何度も見てきた。

誰が悪いわけでもない。
ただ、それを見るとこう思う。

——これがいまの消費者の選び方なのだと。

人は、
ラベルではなく、理念でもなく、
「今日これが美味しそうかどうか」で選ぶ。

ごく自然で、誠実な選ばれ方だと思う。

外敵や病害で強いストレスを受けた野菜は、本当にその野菜の“最良の状態”なのか。
これは批判ではなく、味を基準に考えたときの素朴な疑問である。

■【まとめ】

無農薬だから高い——その考え方は否定しない。

ただ、価格を決める本質は農法ではなく結果であり、野菜の価値を決めるのは思想ではなく、作り手がどれだけ食卓に向き合っているか。

次回は
「市場に出さない理由。食卓の会話が見えない農業はしない。」
について書いていきます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次